色褪せないスタイルは映画の中に♡切っても切れない映画とファッションの関係〜オードリー・ヘップバーン編〜
2020/04/21
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色褪せないスタイルは映画の中に♡切っても切れない映画とファッションの関係〜オードリー・ヘップバーン編〜

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お洋服の歴史は、映画と共に歩んできたといっても過言ではない!自宅待機が要請されている今だからこそ、素敵な映画を見て家での時間を少しでも楽しんでほしいと思います♪

「ティファニーで朝食を」「ローマの休日」……。1950年から1960年にかけて最も活躍し、今も尚色褪せないファッションアイコンとして君臨するオードリー・ヘップバーン。幼い頃バレエを習っていた経験から、そのすらりとしたスタイルとダンス、演技力を生かし、スクリーンの中でその才能を開花させました。

そんなオードリーを輝かせたのは、彼女自身の魅力もさることながら、ファッションも大きな理由の一つ。ファッションには並々ならぬこだわりもあったのだとか。

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今回は、そんな彼女の代表作5つを、印象的なファッションとともにご紹介します♪

『ティファニーで朝食を』

ストーリー

N.Y.のアパートで暮らすホリーは、宝石店のティファニーに憧れ、ショーウインドーの前でデニッシュを食べることが好きなコールガール。ある日、彼女は同じアパートに引っ越して来た駆け出しの作家・ポールと出会います。彼は自由奔放なホリーに興味を抱き、次第に惹かれていき……。


きっと誰もが人生で1度は見たことがある映画。玉の輿を夢見ている娼婦という役柄も斬新です。ジバンシィがデザインしたノースリーブのブラックドレス姿が象徴的。シンプルなロンググローブやハット、アクセサリーなどで味付けしたドレスアップスタイルで、ファッションリーダーとして不動の地位を築きました。

『ローマの休日』

ストーリー

ヨーロッパ各地を表敬訪問中のアン王女。訪れたローマで、彼女は公務のストレスがピークに達し、取り巻きの目を盗みひとりローマの街へと繰り出します。しかし、事前に打たれていた鎮静剤のせいで突如眠りに落ちてしまい、偶然通りかかった新聞記者・ジョーに助けられたことから物語が始まります。


オードリーのハリウッドデビュー作。街中で大胆にヘアカットをしたシーンがきっかけで流行になったのが、ヘップバーンカットです。シャツの袖をロールアップしたり、フレアスカートやレースアップシューズを履いたり。今見ても尚新しく、新鮮な驚きを与えてくれます。

『麗しのサブリナ』

ストーリー

富豪ララビー家に仕える運転手の娘サブリナは、幼い頃からその一家の次男デビッドに夢中。けれど、地位の違いで恋慕は実らず、父からパリの料理学校に行くことを勧められます。それから2年が経ち、麗しく成長し帰国した彼女に今度はデビッドが夢中になります。そればかりか、デビッドを心配する仕事人間の長男ライナスまでサブリナに惹かれ…。


オードリーはこの作品で、長きに渡る付き合いとなるジバンシィと出会いました。そして映画がもとで名付けられたサブリナパンツにシンプルなニット、フラットシューズという出で立ちは、この映画を代表するスタイル♪

『シャレード』

ストーリー

友達とのスキー旅行中、レジーナは夫との結婚生活に不満を抱いている自分に気づき離婚を決意します。しかし、パリの自宅に戻ると家財道具が全てなくなり、夫の死を知らされます。大使館の情報局長から夫が戦時中に25万ドルを横領したと聞かされた彼女は、スキー場で知り合ったピーターに助けを求めたことで危険な目に晒されて…。


オードリーが華麗に着こなす衣装の数々は、ジバンシィが提供。赤いコートにレオパードの帽子、ミントグリーンのトレンチコートにスカーフ、かと思えばイエローのコートにブラックの手袋など、暗い内容と対照的なカラーリングが面白い♪

パリの恋人

ストーリー

N.Y.のファッション誌『クオリティ・マガジン』は新しいモデルを探していました。カメラマンのディックは、ある日撮影で使った小さな本屋で働く女性、ジョーをスカウトします。ジョーは本が大好きな女の子。モデルの仕事を拒否していましたが、崇拝する共感主義を唱える哲学者フロストル教授が暮らすパリへ行けると聞き、モデルを引き受けることに。


アメリカのファッション誌『ハーパーズ・バザー』の専属カメラマン・リチャード・アヴェドンを色彩顧問に起用するほど色にこだわった映画。カジュアルなパンツスタイルからジバンシィのドレスまで、パリのエスプリを存分に感じることができる作品です♡

永遠のファッションアイコン

いかがでしたか?オードリーは、それまでグラマラスなボディの美人がもてはやされていた時代に、その可憐で上品な存在感から世の人々に新鮮な衝撃を与えました。

順風満帆に見える一方、1929年に生まれ第二次世界大戦などを経験、幼い頃には両親が離婚したり、彼女自身の結婚生活もまた波乱万丈なものでした。戦時中自身も飢えに苦しみ国連の支援を受け恩返しをしたいとの気持ちから、晩年にはユニセフの親善大使に就任。「これまでの人生を通して、ずっとこの役割のオーディションを受けていて、ついにこの役を手に入れた」と述べているほどユニセフの活動には全身全霊で取り組んでいたようです。

成功していると思うように見えるオードリーにも、私たちと同じようにたくさんの苦悩があったのだと知れば、少し親近感が湧いてきたのではないでしょうか。今を生きる私たちこそ、オードリーの美しい生き方を映画を通して改めて感じてほしいと思います♪

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EDITOR / J

"貴女に似合うファッション"を切り口にトレンドをお届け。

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