偉大なデザイナー【 Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)】へオマージュ。語り継がれるレガシーと共に
2021/02/12
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偉大なデザイナー【 Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)】へオマージュ。語り継がれるレガシーと共に

Photo by:www.instagram.com

2019年2月19日にこの世を去ったカール・ラガーフェルド。訃報は世界中を駆け回り、彼を愛する世界中の人々が悲しみに暮れ、その輝かしい功績を称えました。ですが、彼が何より愛された理由は…

オーバーサイズのサングラスにポニーテール、白黒を基調にしたハイカラーにジャケット、大きめのネクタイにグローブ、クロムハーツのジュエリーといえば、思い出されるのは紛れもなくカール・ラガーフェルドのシグネチャースタイル。偉大なデザイナーへの愛を込めて、彼の軌跡を振り返ります。

シャネル復活へのヒストリー

ドイツ生まれのカール・ラガーフェルドは、1950年代にパリの地に足を踏み入れ、1983年より35年間廃れかけたシャネル(Sleeping Beauty)を蘇らせたトップデザイナーとしてその名を馳せました。中でもアイコンとして愛されたのはクラシックツイードジャケットやリトルブラックドレス、キルティングバッグやコスチュームジュエリー。

彼は何かを発明するのではなく、既成のものを再解釈することに長けていたと言われています。彼の提案するファッションはいつもモダンでコンテンポラリー性がある一方、どこか古き良き時代の記憶を感じさせてくれたのはそんな再解釈のなせるワザだったのでしょう。

あるインタビューで「私は自分への信奉者」だと語ってたいたカール。自分を信じ、「ただ楽しいから続けられるんだ」といともたやすく口にできるのは、デザイナーが彼にとって天職だった証といえます。

記憶に残るコレクションの数々

パリのグランパレを舞台に毎回繰り広げられるカールの世界はいつも人々を魅了してきました。彼が作り出した壮大な世界観をプレイバック。

2008-09年秋冬コレクション

グランパレにラグジュアリーなメリーゴーランドが出現!

2009年春夏コレクション

シャネル本店があるカンボン通り31番地の町並みを再現。

2010年春夏コレクション

干し草で満たされた納屋で、リリー・アレンによる歌声とともに。妖精のようなモデルたちが戯れる。

2010-11年秋冬コレクション

スウェーデンから輸入された265トンの氷山。ファーは全てフェイクファーを使用し、環境問題を訴えました。

2015-16年オートクチュール

1日限りのエクスクルーシブなプライベートカジノ。映画のようなワンシーンを思わせる演出には、クリステン・スチュワート、ヴァネッサ・パラディ、菊地凛子などシャネルのミューズが勢揃い。

2014-15年秋冬コレクション

シャネルブランドで満たされたシャネル・ショッピングセンター。

2015年春夏コレクション

#MeTooが主流になる3年前。「男性も妊娠するべき!」などと書かれたプラカードやメガホンを持ったモデルたちのデモ行進。エマ・ワトソンのスピーチでも話題になり、女性の地位向上を男性も一緒になって目指そうという国連キャンペーン名「HeForShe」と書かれたプラカードを持った男性モデルも。

洋服だけでなく演出まで、エンターテイナー性にも富んだカールの世界は、大きなメッセージをファッションと共に昇華し、いつも斬新でユーモラスなものにシフトさせ、ブルジョワからストリートまでジャンル・年代・人種を問わずシャネルの世界に人々を巻き込み惹きつけました。

実は波乱万丈だった若きラガーフェルド

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世間ではその功績ばかりに目が行きがち。ですが、彼を35年もの間シャネルのデザイナー足らしめた過去には長い道のりがありました。

1954年、当時全く無名のデザイナーだった21歳のカールは、国際羊毛事務局のデザインコンペティション(現在はウールマーク・プライズ)にコレクションを出品。そこで最優秀コート賞を受賞した一方、同じくコンペに参加していた当時16歳のイヴ・サンローランはドレス部門で1位を獲得。そこではユベール・ド・ジバンシィとクリスチャン・ディオールも審査員を務めており、ディオールはその場でサンローランを雇いました。

こちらはコンペティションでの一幕。最左 カール・ラガーフェルド、左から3人目がイヴ・サンローラン。

1960年からバルマンで3年間働いたのち、フランスのファッションハウス、ジャン・パトゥにて5年間クチュールをデザイン。1964年にはフリーランスとしてクロエの仕事をはじめ、後にその仕事ぶりが認められフルタイムで同ブランドに加わることになりました。クロエとの協業は1978年まで続き、1992年から1997年まで再びデザイナーに復帰。ここから快進撃が始まります。

「フェンディ」「シャネル」とカールの歩み

1965年からは毛皮で有名なフェンディと契約しデザインを開始(写真 カール・ラガーフェルドとフェンディ姉妹フランカ、カーラ、アンナ、パオラ、アルダと共に)。それまでの伝統的な毛皮のコートの概念を一新し、ミリタリーなど新鮮なスタイルを彼独特のクロッキーと共に提案。ブランドの刷新を図りました。

以降契約は彼が亡くなる直前まで50年以上続くこととなり、カールとフェンディは半世紀にも及ぶ深い絆を持つことになったのです。因みに、今日まで使われているフェンディのFを2つ組み合わせたロゴをデザインしたのもカール。その意味は“Fun Fur”なのだとか。

1984年には、自身の名前を冠したブランドをローンチ。そして、業績不振に陥っていたシャネルのクリエイティブディレクターに就任しました。当時、廃れかけたブランドを再興することは難しいとされており、シャネルとの契約はするべきではないと周りから忠告を受けていましたが、彼とシャネルとの成功劇を機に新進デザイナーを起用しブランドの再興を図るというモデルが模倣されるようになったほど。就任した翌年には、初のクチュールコレクションを発表。以降35年の長きに渡り、シャネルのトップデザイナーとして君臨し続けたのです。

デッサン、写真…マルチに咲き誇る才能

When I was younger I wanted to be a caricaturist. In the end. I’ve become a caricature. 私は若い頃、似顔絵師になりたいと思ってた。最終的に、私が似顔絵になったけれど。

数々の名言を残してきた彼の幼い頃の夢は、似顔絵師。そのデッサンの才能をデザイナー職に役立てたのだから、彼のスケッチセンスなくして稀代のデザイナーは生まれなかったのです。

1987年にはフォトグラファーとしての第一歩を踏み出しました。シャネルのイメージディレクター、エリック・フランダーの提案もあり同ブランドのプレスキットを撮影。以来、デザイナーを務める全てのブランドで自身の広告キャンペーン用の写真を撮影し続けました。

カールを支えたミューズたち

80年代からこの世を去るまで、カールとは強い絆で結ばれた女性がたくさんいました。2020年50歳という若さでこの世をさったステラ・テナントをはじめナオミ・キャンベル、イネス・ド・ラ・フレサンジュやケイト・モス、ジゼル・ブンチェンやキーラ・ナイトレイ、リアーナにキム・カーダシアン、リリー・ローズデップなどアンバサダーとして起用したミューズは数知れず。彼女たちに特定の共通項はありませんが、誰もが自分らしさと女性としての真の強さを兼ね備えていたことは確かです。

「過去に生きるのではなく、今を作っているのだ」とあるインタビューで語っていた通り、過去を踏襲しながら新しいイメージを提案し、その度に新しいミューズを続々と排出してきたカール。彼女たちの存在なくしてシャネルという抽象的なイメージの具現化はありえなかったのです。

没後悲しみに暮れるパリで

2019年、カールの死後には追悼イベント「KARL FOR EVER」が開催されました。会場はもちろんグランパレ。彼の語りきれないほどの功績を称えたイベントには、カールを愛し共に歴史を紡いできた1000人を超えるゲストたちが参列。彼がこれほどまでに愛された理由は、彼と時間を共にした全ての人々への敬意と愛があったから。そして数々のセレブが追悼のメッセージを自身のインスタグラムで残していたように、ミューズや仕事を共にした仲間を信じリスペクトしていたからなのだと感じます。

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一時休止が新たな境地を開拓

輝かしいキャリアを残したカールにも、一度ファッションから離れた時期がありました。1960年代、富裕層のための洋服をつくることに疲れたとしてオートクチュールに別れを告げ、2年間ビーチで過ごした過去があったのだとか。この時期が彼にとっての人生を知るきっかけになったと言われており、この充電期間を経てプレタポルテのデザイナーに転身したことが、今のファッション業界のメインストリームであるプレタポルテの振興に繋がったのです。

カールが発表したコレクションは、ある時はヒップホップ、ある時はスーパーマーケット、ある時はシャネルツイード、かと思えば壮大なバロック様式など、様々な一面をのぞかせます。一口では語りきれないほどの幅広い顔を見せたコレクションの数々は、彼の先見の明と飽くなき好奇心から生み出されたものであり、そのレガシーこそ彼が我々後世に残したパトリモワン(遺産)なのです。

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EDITOR / J

ファッションや美しい文化を通して、自分を愛すること。Love Yourself

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